地獄のハイウェイ

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医師のゼロリスク症候群?

池田徳正さんの「ホメオパシーは魂を救うか―宗教と科学の境界線」
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-da9f.html
という記事のコメントでのやり取りからちょっと思ったのだが、
「標準医療が患者に冷淡」というのは、
医師の方がいわゆるゼロリスク症候群に陥っているからではないだろうか?

元の記事でのやりとりというのは、
そこからリンクされている別の記事で紹介されている
「がんばれ!猫山先生」という漫画の
「現代ムンテラ事情」という4コマに関するものだ。
「猫山先生」では
患者「悪い病気じゃないですよね」
医師「100%の確証はありません」
患者「この薬で治りますよね」
医師「100%ではありません」
医師が自分の能力について
「私よりも優れた能力を持つ医者がたくさんいます」
と患者を不安がらせ
患者「私、助かるんですか?」
医師「なんとも言えません、死亡率は二百分の一ですが」
となっているわけであるが、
これは誇張だとしてもコミュニケーション・スキルが低過ぎると思ったので
医師の言い方を
「悪い病気の可能性は99%ありません」
「10人中9人はこの薬で治りますよ」
「私の腕はまだまだですが、一緒に頑張りましょう」
「以前は稀に助からない人もいましたが、医学の進歩で治療成績は上がっています」

とでも言い換えた方がましではないかとコメントした。
すると池田さんから私が例として出した言い方では
「訴訟で負ける可能性が高く、それよりははるかに「漫画」の方に近くしないといけないのが現状」
と指摘を受けたというものである。

どの位の頻度で訴訟を起こされ(被訴訟率)
どの位の割合で裁判で負けて(敗訴率)
そしてどの位賠償させられそうか(平均賠償額)という
医療訴訟に関するリスクは色々と統計もあるようである。

被訴訟率は訴訟件数を医師数で割ったデータから計算すると
新規の訴訟数がピークだった2004年の1110件を
同年の医師数27万人で割ると約0.4%といったところだ。
(2006年度で産産婦人科で1.5%、内科で0.3%といった数字もあるようだ。)
因みに交通事故の発生件数が年間100万件程度で、
それを総人口約1億3千万で割ると0.7%強だから
国民一人当たりの交通事故の確率と同オーダー。
これは医師一人当たり1年間で訴訟される確率だから、
患者一人当たりのデータとか、診療行為当たりのデータとかで見れば
違った印象になるのかもしれない。
また医療訴訟での医師の敗訴率(つまり患者の勝訴率)は3割前後のようだから
単純計算で被訴訟率×敗訴率は約0.12%、賠償金額を1億円とすれば、
医療訴訟に関するリスク(期待値)は年間十数万円といったところだろう。
(これらは医療訴訟保険では十分に検討されているものと思う)

このリスクが大きい小さいの議論はともかくとして、
患者への接し方を「温かく」したらどの程度リスクが大きくなるのだろうか?
仮に敗訴率が1%増になるとするとリスクも1%増になるだろう。
ほんの少しでも敗訴率を増加させたくないから
ホメオパシーなどに対抗できないとかいうのなら、
それはリスクの増分がゼロであることを望んでいるということになる。
標準医療ではホメオパシーに勝てないとかいうのは、
リスクを取らずに市場競争に勝とうというようなもので
いわゆるゼロリスク症候群と似たような心理に陥っているように思う。

ホメオパシーなりインチキ療法の側も
あの手この手でリスクを回避しようとしているだろうけれど、
それでも訴訟リスクがあるという点ではイーブンとも見ることもできる。
(もちろんリスクを度外視するようなカルトは別だ)
訴訟リスクの点から標準医療側が不利という言説も疑った方が良いように思う。