地獄のハイウェイ

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烏谷昌幸『となりの陰謀論』を読んで

 2021年1月のトランプ支持者による米連邦議会襲撃事件以来、何かと話題になっている陰謀論についてコンパクトにまとめた良書。著者自身がケネディ暗殺事件に関する陰謀論を受け入れていたことを足掛かりに誰しもが多かれ少なかれ陰謀論に染まる可能性を前提として、近年の陰謀論の隆盛について考察していて中々興味深かった。その考察の基本的な枠組みは

陰謀論を生み出し増殖させるのは、人間の中にある「この世界をシンプルに把握したい」という欲望と、何か大事なものが「奪われる」という感覚です。

ということであるが、概ね妥当な見解だと思う。また本書では陰謀論をめぐる政治的な話題が中心であるが、陰謀論スペクトラムの紹介のところでは月面着陸捏造説や大手製薬会社による陰謀*1といったニセ科学や科学否定論といった方面の話題もわずかながらも触れている。

 ここからは個人的な感想であるが、陰謀論というと古典的な題材としてナチスによるユダヤ陰謀論が取り上げられるのであるが、ナチス関連ではカール・シュミットの友敵理論*2との関連について触れてほしかった気がする。友敵理論は陰謀論を正当化する言説に正当化を与える一方で陰謀論の蔓延を分析する視座にもなり得るのではないかと思う。

 またナチスのライバルであった共産主義も、労働大衆の苦境を全面的に資本家の搾取によるものとして、既存の政治制度や文化を「ブルジョア的」と敵視して階級闘争運動を繰り広げた点で陰謀論の一種と見なせないこともない。ポーリングの共鳴理論に対するソビエト科学者による攻撃とか、ニセ科学史上もっとも悪名の高い実例の一つであるルイセンコ学説とかの支持者のブルジョア科学排斥なんかは、正直に言って自分には陰謀論の変種にしか見えない。まあ各種の秘密工作のオンパレードであったソヴィエト共産主義は本物の陰謀の超大物なので、信奉者の陰謀論を論じる適切な素材にはならないのかもしれないが、自称リベラル知識人にみられるその影響の残滓が、逆向きの陰謀論の誘因になっているような気もする。

*1:反ワクチン運動も製薬会社陰謀論の一種だろう。

*2:政治的な決断の基盤は「敵か味方か」という二分法であるとする考え