地獄のハイウェイ

科学・技術や趣味のことなど自由気ままに書き散らしています。

ある羊頭狗肉の告白

林幸秀「理科系冷遇社会」(中公新書ラクレ)というのを読んだ。
表題はかなりどぎついものだが、それが焦点と言うよりも、
どちらかというと日本の科学研究の現状を白書風にまとめたもの。
それもそのはずで著者は
2003年、文部科学省科学技術・学術政策局長、
2004年、内閣府政策統括官(科学技術政策担当)、
2006年、文部科学省文部科学審議官
と、科学技術行政のど真ん中にいた官僚だ。
残念ながら自分にとって目新しい論点はほとんどなく
また産業政策とかの産業構造の変化とかに関連した考察が希薄で、
日本の科学技術の危機を訴える類書では
木村英紀「ものつくり敗戦」(日経プレミアシリーズ)の方が興味深かった。

ただ一つだけとてもがっかりした記述があった。
それはポスドク1万人計画について説明した部分(pp.44-45)の
「折角博士号を取得しても定職に就けない状況を改善するため、政府が1996年に打ち出した政策が、「ポストドクター等1万人支援計画」である。(中略)これは、当座しのぎと言うこともあったが、併せて科学技術面での国際的な競争をにらんで、有効に働いてもらおうとするものでもあった。」
というもの。
これまでもこの計画は「実質的にはオーバードクター救済策」と揶揄されてきたが、
それでも文部科学省が「科学技術基本計画」で
「欧米に比べて手薄なポストドクトラル研究者層を充実・強化し、その研究歴を研究者のキャリア・パスの重要なステップとして確立することに努め、もって、研究者としての能力の涵養と、これらの研究者層が研究開発の重要な一翼を担う体制の実現を図り、我が国の研究開発能力を強化する。」
(第1章 .新たな研究開発システムの構築)
「若手研究者層の養成、拡充等を図る「ポストドクター等1万人支援計画」を平成12年度までに達成するなどの施策により、支援の充実を図る。また、その研究歴を常勤研究者と同等に評価するなど、引き続き適切に取り扱うよう努めるとともに、産業界における処遇の改善を期待しつつ、博士課程修了者に対する評価の定着と併せて、我が国における研究者のキャリア・パスとしてのポストドクトラル制度の整備・確立を図る。」
(第2章 .研究者等の養成・確保と研究開発システムの整備等)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kagaku/kihonkei/honbun.htm
との美辞麗句で飾っていたことが、
政策担当者の方から「ぶっちゃけオーバードクター救済」と告白されてしまった気分だ。
後知恵になるが、この「科学技術基本計画」の中の
「ポストドクター」と「ポストドクトラル」という用語の不統一は
文書作成の際の不注意によるものではなく、
実は日本の「ポストドクター」は欧米の「ポストドクトラル研究者」とは
違うのだということを仄めかしていたのかもしれないと思えてくる。

ポスドクをこの程度のものとしてしか認識していないような文部官僚によって
ポスドク1万人計画が立案されていたのであれば、
今日のポストポスドク問題の惨状はある意味必然的な結果だ。
お上の言うことを素直に信じていた人達は、
まるで偽装肉まんを食わされたような気分がするのではないだろうか。