地獄のハイウェイ

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オレスケス&コンウェイ『世界を騙しつづける科学者たち』感想

原題は"Merchants of Doubt"(疑念の商人)。
邦題よりも原題の方が内容を良く表しているが、
タバコの発癌性や地球環境問題などの分野で
主流の科学的知見に対する疑念を広める活動を積極的に行った
何人かの元は科学者であった人達についての本だ。
一番の大物は全米科学アカデミー総裁も務めたフレデリック・ザイツ。
彼等が反共主義あるいは新自由主義というか市場原理主義的な動機から
規制的な政策の実現を阻むために利害関係者からの資金提供を受けて
彼らの本来の専門でない分野で主流派の科学に対する疑念を
政策関係者や大衆に宣伝してきてかなり成功してきたことを詳しく紹介した
広い意味で御用学者というか曲学阿世の徒の行状記。
面白かったが著者たちの分析には不満もある。
タバコについてはタバコ産業側の主体的な働きかけによって
主流派に対抗する「科学的争点」を売り出していたが
地球環境問題関係ではそういう黒幕がいるわけではなく
本人達自身が主体的に疑念の商人であったのが一つの違いなのだが
本書ではどちらも本人達のイデオロギーによるものとしているのは説得力に欠け、
著者の市場原理主義反対というイデオロギーで議論が歪んでいるように見える。
結果として市場を規制しようとする政府が善良であるかのような
いささか単純な議論になってしまっている。
そのため政府が科学的な根拠のない規制を企てる場合にも
規制の根拠があるかのように偽装する御用学者みたいなのもいるはずなのに
ナチスの優生政策を思い出してもらえば良い)
そういった曲学阿世の徒は本書の対象外になっている。
それと主流の科学に対する素朴な信頼のようなものがあって
学界全体が利害関係で歪んでしまっているような分野も射程の外側だ。
しかし、科学的知見に関するプロパガンダ
科学的な根拠もなしにかなり成功した事例の紹介は
科学と社会の関係を考える上で興味深いので一読の価値はあると思う。