地獄のハイウェイ

科学・技術や趣味のことなど自由気ままに書き散らしています。

アカデミズム至上主義からの脱却

lanzentraegerさんの「うすっぺら日記」の
「アカデミアへの進路の固定はどうしてなのか」(9月15日)
http://d.hatena.ne.jp/lanzentraeger/20070915
「なぜアカデミア志向は瓦解したのか」(9月16日)
http://d.hatena.ne.jp/lanzentraeger/20070916
という2つのエントリーが非常に興味深い。

その「アカデミアへの進路の固定はどうしてなのか」中の

『アカデミアの世界の体系に深く影響されて、優劣の価値観が単一化した印象が強い。科学と世俗、勝ち組と負け組という二極化のイメージもいつの間にか確固たる物として形成された。また、他者比較、自己顕示欲などにより、嫉妬心と焦燥感も視野を狭める原因となった。また他者からのアドバイスも研究の問題解決に限られ、多様なキャリアパスを考慮する機会は学部から博士までほとんどなかった。』

というlanzentraegerさんの総括はずっしりと重い。

いくつかの言葉を置き換えて
「○○の世界観に深く影響されて、価値観が単一化した印象が強い。真理と世俗、達成者と落伍者という二極化のイメージもいつの間にか確固たる物として形成された。また、他者比較、自己顕示欲などにより、嫉妬心と焦燥感も視野を狭める原因となった。また導師からのアドバイスも修行上の問題解決に限られ、多様な価値観を考慮する機会はほとんどなかった」
とでもしてしまうと、
まるでカルト教団に洗脳されてしまった信者の記述と似かよったものになってしまう。
(lanzentraegerさん、ご免なさい)

閉鎖的カルト集団からの脱会が難しいのと同様、
アカデミズム内の閉鎖的な人間関係の中で自力で洗脳を解くのは難しい。
だから、研究室(あるいは系列研究室間)の中だけではない人間関係の構築が
その洗脳を解くのには有効だろう。
そういう意味では理学系の人間であれば工学系・農学系の研究室と
共同研究をやるだけでも視野狭窄を多少は緩和してくれる。

もしも貴方が純粋科学が工学・農学といった実学系よりも優れていると思うなら、
その理由を実際に実学系の研究者の前で堂々と説明できるか?と自問してみよう。
それと同時に貴方の実践する研究が、
浮世離れした数学とかの研究よりも価値があると説明できるか?と自問してみよう。
最初の説明では否定的な言及になってしまったであろう
実用的・経済的の価値に訴えなければ後の方の説明は難しく
2つの説明を首尾一貫させるのが容易でないことに気が付けば、
アカデミズム至上主義からの役に立つかもしれない。