地獄のハイウェイ

科学・技術や趣味のことなど自由気ままに書き散らしています。

国策としての科学コミュニケーションは失敗なのだと思う

ちょっと「国策」と「科学コミュニケーション」で検索すると
「サイエンスコミュニケーション国際シンポジウム「科学を語り合う」」
http://www.life-bio.or.jp/topics/topics212.html
というのが引っ掛かってきた。
どうやら科学技術政策研究所がブリティッシュ・カウンシルとの共催で
2006年に行ったものらしいが、
渡辺政隆によるまとめの中に
「サイエンスコミュニケーションは国策であり」
とあった。

そう言えば、科学コミュニケーター養成とかの事業は国策で推進されたのだった。

色々見ていると国策として科学コミュニケーションが推進されたのは、
国民、中でも若年層の理科離れに対抗して優秀な人材を集めるために
科学の人気を盛り上げようというのが大きな狙いの一つだったようだ。
(藤垣裕子・廣野喜幸編「科学コミュニケーション論」(2008)第3章等を参考にした)

喩えが悪くて恐縮だが、
モテない理系クンを心配したパパだかママだかが熱心に婚活を奨めるような話だ。
科学コミュニケーターってお見合いおばさんのようなものか。
肝心の理系クンは乗り気ではないし、
駆け出しのお見合いおばさんの仲人口に引っ掛かるほど
相手側(一般の国民)はウブでもない、
それどころか「融通がきかないけどまじめが取り柄」のはずの理系クンが、
素行に問題あるナントカ村のお友達の嘘を庇ったりなんかするし、
お見合いおばさんはナントカ村のことは全然分りませんとかで黙ってしまって、
相手側がドン引きというのが現状といったところではないだろうか。

1990年代末から推進された国策としての科学コミュニケーションは、
破綻したと認識した方が良いのではないだろうか?