地獄のハイウェイ

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科学者/一般市民という二項モデルから産官学民4項モデルへ

科学コミュニケーションにおいて原発推進プロパガンダについて
どう考えているか、どう考えるべきなのかという昨晩書いたことの続き。

科学コミュニケーション業界には、
科学コミュニケーションはプロパガンダとは違うというような見解もあるようだが、
(例:http://ladylake.exblog.jp/13461148/
それはひょっとしたらコミュニケーションは、
一方通行でない双方向的なものであるという考えによるものかもしれない。
しかしコミュニケーションというのは単純に考えると
感情や思考であるとか情報とかを伝えることなので
双方向的でないからといってコミュニケーションでないというのは苦しい。
例えばTVや新聞といったマスメディアによる情報伝達は
マスコミュニケーション」と呼ばれている訳であるし、
プロパガンダは説得的コミュニケーションの一種とみなせるのではないか。
それに、これまでの科学コミュニケーションの実態は、
広報ないしプロパガンダ的なものが多い、という指摘もある。
(例:http://d.hatena.ne.jp/kenjiito/20110507
確かにサイエンスカフェに参加することで
一般市民は知識や情報なりを伝達されるものの
科学者の側は一般市民から何を伝えられるのか、
そしてそれが科学者の科学に関する営みにどんな影響を与えるかを問うならば、
科学コミュニケーションの実態が一方通行的であることは容易に理解できる。

原発推進プロパガンダが、他の科学コミュニケーションと違うとすれば
大衆を説得しようとしている主体が科学者なりの専門家集団ではなくて
政府であったり産業界であったりするというところにあるのではないだろうか。
これは、科学者/一般市民という二分法の図式で話が展開している
従来の科学コミュニケーションの枠組みでは何とも収まりが悪い。

この科学者/一般市民という二項対立モデルについて、
自分はこれまで何回となく批判というか不満を述べてきたが、

katsuya-440.hatenablog.com

katsuya-440.hatenablog.com
原発プロパガンダの問題も
科学者/一般市民という二項対立モデルでは扱いきれないのだ。

それで参考になると思ったのは
上でも触れた科学史家の伊藤憲二による
「東電原発事故と科学技術社会論科学史、問題の枠組みの試案」という記事。
http://d.hatena.ne.jp/kenjiito/20110717/p1
STS論の枠組みについて述べられたものだが、
「今回の事故の問題はSTSの伝統的な枠組みである専門家対市民という単純な二項対立的な枠組みで問題を捉えることができない。市民とも専門家ともあきらかに立場のことなる政府と企業が主要なアクターとして入っている。」
という指摘が非常に興味深いと思った。
その記事では「市民・政府・企業・専門家の四者」といっているが、
産業振興等でよく使われている産官学という言葉があって
最近では地域住民・コミュニティをそれに加えた産官学民という言い方もあるので
それを借用しない手はない。
科学コミュニケーションは産官学民の4項モデルで考えた方が射程が長くなる。
これなら原発プロパガンダを視野に入れることに困難はない。

この産官学民モデルは現代の日本では有効だと思うが、
日本でも戦前であるとか他の国(アメリカとかも)であれば、
もう一つの主要なアクターである「軍」が欠かせないことは言うまでもないだろう。
産官学民に軍を加えるなら英語の
Military Academia Government Industry Citizen
から頭文字をとってMAGICモデルとでも呼べばいんじゃないだろうか。