地獄のハイウェイ

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「科学者」は間違える:一つの実例

 今年のノーベル化学賞がシェヒトマンの準結晶の発見に対してであったが、それに関連して分子生物学者の柳田充弘が間違ったことを書いているのを見つけた。柳田のブログの10月6日付けの「ノーベル化学賞について」という記事である。
http://mitsuhiro.exblog.jp/16940838

比較的短いので全文を引用しておく。

文学賞も、化学賞も日本はこんかい無縁でした。
ところで化学賞は準結晶なるものの発見でした。イスラエルの放送局はアナウンサーがまったくなにも分かりませんと、言ったそうです。
それもそうでしょう、発見者のかたは米国にいたのですが、発見を誰も信用しないどころか、研究室からの退去を命じられたとのことです。有名なポーリング博士もひとことナンセンスといったそうです。発見者のかたは、フロンティアの研究は、政治だとかいったそうです。

ところがわたくしこの研究、分かるのです。この研究分かった気がするのです。1982年の発見だそうですが、同じような準結晶をウイルスの殻の構造でキャスパーとクルーグ博士が1960年から1962年にかけて示しています。つまり、ウイルス構造がバックミンスターフラーの示したドームのような6量体と5量体が配置した[準結晶」状態だと言うことを発見しています。大学院の一年の頃に読んでいたく感激したものです。
この化学賞の対象は無機物のようですが、電子顕微鏡写真をみるとウイルスの殻とそっくりに見えます。5角形がみえます。
面白いのは、同じ無機物でも本当の結晶よりずっと固い構造体ができて応用面で面白いことや役立つ製品がいろいろ分かってきたとのことです。
クルーグ博士も別な研究でノーベル賞をずいぶん前にもらっています。でもキャスパー博士はもらっていません。今回、一緒もありえたかもしれません。無機化学とウイルス構造では無理でしょうが。でも球状ウイルスをつくるには准結晶は不可欠のようです。」


 ウィルス粒子の正二十面体構造を準結晶と混同している。ウィルスの方はタンパク質が集合した超分子複合体と言われるもので準結晶ではない。ウィルスが結晶化すると周期構造を持った普通の結晶になる。回折像には粒子それ自体の5回対称が反映されるものの、普通の結晶には5回対称はありえないことから、結晶格子ではなくウィルス粒子自体に5回対称があると言える訳である。

 一方、準結晶は周期構造がないのに長距離(構造単位と比べて)の回転対称を示して電子線回折像に5回対称(正確には回折像上では10回対称)が現れるのだ。古典的な結晶の周期構造と長距離の5回対称は両立しないから、発見当時の結晶学者達に受け容れられなかったのである。なおシェヒトマンの歴史的論文は表題もストレートだし見て欲しい。
http://prl.aps.org/pdf/PRL/v53/i20/p1951_1

柳田は中途半端に知識があるために普通の人が知らない、キャスパーとクルーグの仕事に触れて、
「でもキャスパー博士はもらっていません。今回、一緒もありえたかもしれません。」
と通ぶっているが、それで逆に理解できていないことが明白になる。
因みに柳田が言っているキャスパーとクルーグの仕事はネットも見ることが出来る。
http://www.sb.fsu.edu/~caspar/papers/dc_csh_27_1_1962.pdf

「わたくしこの研究、分かるのです。この研究分かった気がするのです。」
と書いているものの実際には理解できていないことは明白だ。

 柳田は学士院・恩賜賞を受賞し文化功労者にもなって、次は文化勲章を狙おうかという*1大先生だから、我々下々が何を批判しようと権威に揺らがぬ自信があるだろうし、専門外の事で恥を掻いても平気なのかもしれないが、はっきり言って、ただの知ったかぶりである。

柳田のインタビューを見るとクルーグとは知り合いのようなので、
http://www.brh.co.jp/s_library/j_site/scientistweb/no54/index.html
クルーグに聞けば間違いをはっきりと教えてもらえただろうに。

 それはともかく「科学者」という人種は、もしも科学的正確さを身上としているとしても自分の専門分野に限ったことだと思っておいた方が無難だろう。

*1:この記事の後の2011年に受賞している