日本学術会議の金澤一郎会長が6月17日付けで
「放射線防護の対策を正しく理解するために」というのを公表した。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d11.pdf
いわく
「今回の漏出した放射性物質による一般の人々の被ばくは、このうち、しきい値がない「確率的影響」に関するものです。具体的には、積算被ばく線量が1000 ミリシーベルト(mSv)当り、がん発生の確率が5%程度増加することが分かっています。すなわち、100 mSv では0.5%程度の増加と想定されますが、これは、10 万人規模の疫学調査によっては確認できない程小さなものです。ちなみに国立がん研究センターの「多目的コホート研究」によれば、100 mSv 以下の放射線により増加するがんの確率は、受動喫煙や野菜摂取不足によるがんの増加より小さいとされています。」
とあるが、ちょっとこれはひどいのではないか?
日本原子力学会の保健物理・環境科学部会による「ICRP2007年勧告」の解説によれば
「この勧告では、これまでの広島・長崎の原爆被爆者集団などの調査研究の結果をもとに、このLNTを用い、DDREFの値を2として推定したリスク係数を1Svあたり5.5%(成人のみの集団では4.1%)であるとしている。例えばICRPの公衆の1年間の線量限度である1mSvを10万人の集団が受けた場合、生涯で約5人ががんで死亡すると推定されることを示している。」
http://www.aesj.or.jp/info/ps/AESJ-PS004r1.pdf
つまり100mSvの被曝によるがんのリスクが0.5%で10万人あたり500人の増加という話だ。
独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センターの統計
http://ganjoho.ncc.go.jp/professional/statistics/statistics.html
例えば人口動態統計による都道府県別がん死亡データ
「全がん死亡数・粗死亡率・年齢調整死亡率(1995年~2009年)」によると
2009年の全国平均がん死亡率(rateのシートの2018行目)は
人口10万人あたりで全年齢で269.9人(0~74歳で137.3人)だから
10万人あたり500人も増えたら相対増加率185%(つまり2.85倍)になるのだから、
疫学的調査によって確認できないほど小さいというのはインチキではないか?
それから学術会議会長談話では
「今回のような緊急事態では、年間20 から100 mSv の間に適切な基準を設定して防護対策を講ずるよう勧告しています4。これを受けて、政府は最も低い年間20mSv という基準を設定したのです。」
と政府の立場を弁解しているが、そもそも文部科学省が
「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」で
「 このようなことから,幼児,児童及び生徒(以下,「児童生徒等」という。)が学校に通える地域においては,非常事態収束後の参考レベルの1-20mSv/年を学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし,今後できる限り,児童生徒等の受ける線量を減らしていくことが適切であると考えられる。」
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1305173.htm
といって「最も高い年間20mSv」という基準を採用したことに対して、
日本医師会が
「文部科学省「福島県内の学校・校庭等の利用判断における暫定的な考え方」に対する日本医師会の見解」で
「しかし、そもそもこの数値の根拠としている国際放射線防護委員会(ICRP)が3月21日に発表した声明では「今回のような非常事態が収束した後の一般公衆における参考レベルとして、1~20 ミリシーベルト/年の範囲で考えることも可能」としているにすぎない。
この1~20 ミリシーベルトを最大値の20 ミリシーベルトとして扱った科学的根拠が不明確である。」
http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20110512_31.pdf
と批判していることを
自身が医師でもある金澤一郎は見なかったことにしたのか?
学術界を代表する公的機関である日本学術会議が、
このような欺瞞に満ちた会長談話を公表したことを強く批判する。
※2011年6月18日追記
生涯死亡リスクと単年度の全年齢死亡率との比較部分を撤回します。
morino_sukaiさんのご指摘に感謝いたします。
なお、交通事故の生涯死亡リスク0.6%で死亡率8.5×10-5という資料を見つけました。
http://www.kes-eco.co.jp/pdf/n_0042.pdf
この値と100mSvで生涯死亡リスク0.5%を比較して
年間死亡率をざっと見積もると、7×10-5になりますから
人口10万人あたりであれば7人と推測されます。
そうだとすると相対増加率は2.5%程度でしょうから、
疫学的調査で検出できないほど微弱とは思いません。
※2011年6月23日追記
サイエンス・メディア・センター(SMC)のサイトに
「低線量被ばくによるがんリスク:私たちが確かにわかっていることは何かを評価する」
という論文の邦訳が出ているが、
http://smc-japan.org/?p=2037
図1「がん死の有意な増加を検出するために必要なコーホートのサイズ」、
というグラフがあって、それを見ると
100mGy(≒100mSv)の被曝によるガン死の増加を検出するのに
必要なサンプルサイズは、2×104、つまり2万人程度のようである。
やっぱり、金澤談話の
「100 mSv では0.5%程度の増加と想定されますが、これは、10 万人規模の疫学調査によっては確認できない程小さなものです。」
がインチキであることがこの論文からも確認できる。
(なお本文中には、100mSvなら50,000人のサンプルが疫学調査に必要、という記述もある)
なお、PNASの原論文は次で見ることができる。
http://www.pnas.org/content/100/24/13761.full