地獄のハイウェイ

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突然変異は子孫に伝わるんです

雑誌「クロワッサン」の表紙のコピーに

 「放射線によって傷ついた遺伝子は子孫に伝えられていきます」と、(生命科学者)柳澤桂子さん。

という文言が使われたといってネットの一部で騒ぎになっているらしい。
柳澤桂子の極めて常識的な発言が問題視されているが、
遺伝学をきちんと勉強すればパニックになる必要はない。

まず、H.J.マラーがX線(つまり電離放射線)による人為突然変異を発見した事は
遺伝学の歴史を齧っていれば誰でも知っているいわば常識だ。
一方で突然変異が生物進化の原動力になるのは、それが子孫に遺伝するからだ。
そう電離放射線による被曝は遺伝子に損傷をもたらし、
その損傷は突然変異として子孫に伝えられる。

だから柳澤の言葉は、科学的に間違っていない。
それをセンセーショナリズムと受け取るのは、
突然変異は人為的に誘発されなくても自然に発生していることを
十分に理解できていないからではないか。
被曝しなくても我々は既に突然変異の結果としての有害遺伝子を受け継いでいる。

木村資生の「生物進化を考える」から引用しよう。
「有名なのはモートン(N.Morton)、J.F.クローおよびH.J.マラーによる研究(一九五六年)で、彼らはヒトでは平均して配偶子あたり一・五ないし二・五個の致死相当量(lethal equivalent)の劣性有害遺伝子を持っているという結果を得た(個体あたりはこの倍の量になる)。ここに致死相当量というのは致死遺伝子に換算した有害遺伝子の量で、たとえば半致死を起こさせるものでは二個が致死遺伝子一個に相当する。」(p.180)
要するに健康人でも3~5個程度の致死相当量の有害遺伝子を隠し持っているのだ。

放射性物質による有害遺伝子の増加は間違いないが
がんの死亡リスクの増加と同様のやり方で見積るべきものであって
放射線によってがんのリスクが上昇します」と書いて責められることがないように
放射線によって傷ついた遺伝子は子孫に伝えられていきます」と表明することは
全く問題ないと思う。