地獄のハイウェイ

科学・技術や趣味のことなど自由気ままに書き散らしています。

STAP細胞騒動について

研究不正に関しては有名なボルティモア事件のように
大騒動になったものの10年を経て嫌疑が晴れたケースもあるので
あまり性急な判断は避けたいところだが、
STAP細胞を報告した論文の画像の疑惑から始まった騒動は
Natureの方でも疑惑に言及するところまで拡大し、
現在では実験の再現性の方に議論の焦点が移っている様子。

自分は発生生物学も再生医療も専門外なのだが
この問題は少なくとも次の4つに分けて考えるべきだと思う。
1) STAP細胞すなわち刺激によって多能性を獲得した細胞が実在するのか否か?
2) STAP細胞がiPS細胞を凌ぐような多能性をもっているのか否か?
3) STAP細胞の作製の効率はどの程度なのか?
4) STAP細胞を報告した論文で研究不正が行なわれたのか否か?

さて理研のプレスリリースだと
•細胞外刺激により体細胞を迅速に多能性細胞へ初期化する方法を開発
•核移植も遺伝子導入も不要な多能性の獲得という新しいメカニズムを発見
•初期化された多能性細胞はすべての生体組織と胎盤組織に分化できる

http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140130_1/
というのがポイントだ。
更に
「iPS細胞では多能性細胞のコロニーの形成に2~3週間を要しますが、STAPの場合、2日以内にOct4が発現し、3日目には複数の多能性マーカーが発現していることが確認されています。また、効率も非常に高く、生存細胞の3分の1~2分の1程度がSTAP細胞に変化しています。」

と作製効率の良さも謳っている。
つまり理研によるとSTAP細胞は手法が全く新規であるのみならず、
多能性や作製効率で既存技術(iPS細胞)を凌ぐ優れものと宣伝しているわけだ。
この既存技術との優劣比較は予算獲得の魂胆が見え隠れして好きではない。
この手の宣伝は往々にして大風呂敷を広げ過ぎの感がする。

1) STAP細胞すなわち刺激によって多能性を獲得した細胞が実在するのか否か?

現在、問題とされている実験の再現性がまさにこれ。
実在が確かめられればこれまでの生物学の常識が引っくり返る大発見だから、
興味の焦点がそこに集まるのもある意味当然だ。
これに関しては各方面の追試によって判明すると思うが、
今のところそれほど景気の良い状況ではなさそうだ。

2) STAP細胞がiPS細胞を凌ぐような多能性をもっているのか否か?

iPS細胞を上回り胎盤まで分化できるという多能性に関しては
本来1)がクリアにならない限り先に進めないのだが
胎盤写真の疑惑が持ち上がっている論文(Nature 505, 676–680 (2014))がこれに絡む。
リンパ球から作ったSTAP細胞が造血幹細胞よりも多能性を持っていたら
STAP細胞の多能性がiPS細胞よりも劣っていたとしても十二分に画期的と思うが、
一方で再生医療に絡んで大型予算をぶん取ってきたい人達は、
ここでハッタリでもフカシでもかまして成果をぶち上げたいところ。
問題の論文にはコレスポに副センター長が入っているので、
積極的な関与の有無は別として「空気」としては水増し報告が起き易そうに思う。

3) STAP細胞の作製の効率はどの程度なのか?

先月末に発表されたところだから今のところ成功した追試がなくても不思議はないが、
一方で理研の宣伝にある「効率の良さ」に関しては、
これまでの追試の失敗の多さから極めて疑わしいと言わざるを得ない。
Natureのサイトによればコレスポの一人(若山氏)は
山梨大に異動してからは成功したことがないそうだ。
http://www.nature.com/news/acid-bath-stem-cell-study-under-investigation-1.14738
商品の広告なら消費者庁JAROに通報してやりたいレベルだ。

4) STAP細胞を報告した論文で研究不正が行なわれたのか否か?

これに関しては先日も言及した(Nature 505, 641–647 (2014).)で
電気泳動の画像の加工の形跡が見られるので
程度の深刻さはともかくないということはないと断言して良いだろう。
Fig.1iの3番目のレーン(リンパ球)が貼り付けられたことは否定しがたい。
しかも不思議なことにExtended Data Fig.2gにほとんど同様の図がある。
こちらでは何故かFig.1iのリンパ球のところで見えないG.L.のラインがはっきり見える。
この図はSTAP細胞がリンパ球由来であることを示す重要な証拠であるのに
このようなデータの不整合がある上に片方にデータクッキングの跡があるので
何の研究不正もないと信じろと言っても無理。
またこのようなリンパ球由来を示すのに便利で強力な方法があるのに
胎盤形成を主張する第2の論文の方では使っていないようなので
実験の正当性を示す効果的手法を選ばないのは自分にはちょっと理解しがたい。