地獄のハイウェイ

科学・技術や趣味のことなど自由気ままに書き散らしています。

そんなカーゴ・カルト・サイエンスなんか相手にするなよ

 DavitRiceさんの「そんな動物みたいなことするなよ」という記事を読んで、元記事ではなくそこで紹介されている実験(?)に対して心底怒りが沸いてきたので、ちょっと思ったことを書く。

davitrice.hatenadiary.jp

この本の第二章「欲望の化学」では、スーザンという名前の女子大生を被験者にした、とある実験が紹介されている。

(中略)

また、そもそものスーザンの実験がどれだけ科学的に正確であるかなんて、わたしを含めた『性と愛の脳科学』の読者の大半には判断がつかないことだろう。

そこで紹介されている「スーザンを被験者にした実験」というのが許しがたいほど杜撰で、R.ファインマンが「カーゴ・カルト・サイエンス」と呼んだ、見掛けだけ科学っぽいが実態は科学的価値がないに等しい代物なのだ。

 実験の詳細は元記事の方を参照していただいた方が良いので、短く紹介することにするが、この実験はスーザンが性格が異なる(性格Cと性格E)双子を演じているAとB(それぞれが双子の2人格を演じるので2組の双子(AC・AE組とBC・BE組))とデートするが、排卵期にデートしたACに対して誘惑に乗りそうになるという結果から、人間の性行動がホルモンの影響を受けているとするものである。

 まず自分は性行為に限らず人間の様々な行動がホルモンの影響を受けていないとは全く思わないし、結論が気に入らないからケチをつけているわけではない。自分が腹が立つほど気に入らないのは、実験条件の統制がまったくなっていない点にある。

 まず最初に前提として、そもそもスーザンから見たACとBCの性的魅力が同程度になるようにコントロールされていなければならない。もしAの方がスーザンの好みに近かったら、排卵日に関係なくより魅力的なACの誘惑がBCの誘惑よりも強いことになるのは当然だ。両者の魅力が同程度になっていることを保証できるようなテストが実験に組み込まれていないので、実験デザインとして完全に失格である。少なくとも、スーザンに対してA,Bに対する彼女の好悪のスコアや彼女のボーイフレンドとの類似性のスコアを報告させることはできたはずであるが、それすらしていないのならレベルが低すぎて話にもならない。

 またデートの順番にも問題がある。スーザンが排卵日(O)なのかそうでないのか(N)で斜線の右に表すとするとAE/N→AC/O、BC/N→BE/Oというようになるが、スーザンの相手への印象に順序が影響ない保証は取れているのか?スーザンの好みにも依存するだろうが、「お兄さんは真面目だけど、あなたはワイルドね」(E→C)と「お兄さんはワイルドだけど、あなたは真面目ね」(C→E)では、好ましいコントラストと好ましくないコントラストになっている危険があるのに、それが排除できていない。化学や料理なら混ぜる順序が結果を左右することは常識だろう。この提示順序によるコントラストの効果の問題は仮に2組の双子ペアの数を増やして、CE/N→CC/O、DC/N→DE/Oの順序で再現性が得られたとしても排除できない。提示順序によるコントラストの効果を除去しようとするなら、CE/N→CC/N、DC/N→DE/Nで実験して順序の影響が無視できることを確認してからでないと、何を測定しているのかわからなくなる。

 そして何よりも問題なのは、たった一つの実験から一般性のある結論を得ようとしていることだ。「スーザンの実験」の再現性に関するデータが示されていないので、これは単なるエピソードであって、科学的検証に耐え得る「現象の報告」にはなっていない。心理学の一部界隈で、実験の再現性が低いとかが問題になっているらしいが、「スーザンの実験」の話を見る限り、ファインマンカーゴ・カルト・サイエンスの話をした時代から抜け出せていないように見える。

 個人的な印象から言えば、実験条件の統制が欠けた杜撰な実験は、科学的方法論の理解不足によることもあるが、望ましい結論がでるような実験をわざと組んだりとか、有利な結果だけ報告するチェリー・ピッキングのような研究不正が疑われる。

 

※2021.4.18追記

プレーリーハタネズミのつがいの絆にはオキシトシンが関係していることが知られているのだから、ヒトの排卵期の性的積極性に影響しているホルモンが何なのか(例えばエストロゲンか、黄体形成ホルモン(LH)かどうか)は調べられるはずだ(女性のホルモン周期は結構詳しく調べられているし、血中ホルモン濃度の検査も行われていたりもする、エストロゲンなら投与も可能だ)。一方で女性ホルモンの変動が原因と推測されている月経前症候群なんかでも「原因ははっきりとはわからない」と言われていたりするので、まともな科学なら事は単純でないのも確かだ。いかにも先端研究ぽいことをやっているように見せ掛けても、他分野から見たら周回遅れのようなことも普通にあり得る。