地獄のハイウェイ

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パラダイムとはお手本のことである

パラダイムというとT.S.クーンのパラダイム概念が有名だが、
本来は「凡例」とか「模範」のことで、
そこから派生した用法としては品詞の語形変化表といったものもある。
例えばB.ラッセルの「記述の理論」は
かつて「哲学的分析のパラダイム」とも呼ばれたことがあるが、
この場合の「パラダイム」はもちろん、
思考の枠組みとか世界観といった意味ではなく
語の本来の意味である「模範」、
もう少し砕けた言い方をすれば「お手本」という意味である。

実はクーンのパラダイム概念も、
本来の「模範例」「お手本」という意味を踏まえたものなのである。
パラダイムの導入に当たって彼自身が「科学革命の構造」の中で

「この言葉を選ぶことで私は、実際の科学的実践において受け容れられている手本 ― 法則、理論、応用および器具類を一緒に含んだ手本 ― が、科学研究の個々の一貫した伝統が生まれるモデルを供給していることを示唆するつもりである。」
By choosing it, I mean to suggest that some accepted examples of actual scientific practice ― examples which include law, theory, application, and instrumentation together ― provide models from which spring particular coherent tradition of scientific research.

(exampleをあえて「手本」と訳したが、模範例でも実例でも意味は通じると思う)

と述べている。
またパラダイム概念の曖昧さに対する批判への応答として
クーンがパラダイムを専門母型(disciplinary matrix)と呼び変えようとした際には、
その主要な構成要素としてずばり模範例(exemplar)が挙げられている。

パラダイム概念は、
通常「概念枠」とか「世界観」とかのようなものとして流通しているが、
クーン自身が意図しようとしていたのは、
そのようなものではなかったのである。