地獄のハイウェイ

科学・技術や趣味のことなど自由気ままに書き散らしています。

生命科学系で研究不正が多いのには訳がある

分子生物学会理事長の大隅典子が自身のブログで
「科学者は競争的すぎる環境に付いていけない」という記事を書いている。
http://nosumi.exblog.jp/20620797/
研究不正の問題の背景には競争環境の激化があり
生命科学系で研究不正が顕著に多いのは
ポスドクが他分野よりも多くて、しかもアカデミア以外の就職先が少なくて
競争的すぎる環境にさらされているからだ、
というような趣旨のことが書いてある。
しかし生命科学系で研究不正が多いのは1990年代の大学院重点化の前からなのだ。
例えば研究不正に関する古典である『背信の科学者たち』が最初に翻訳されたのは1987年だが、
その頃から「欺瞞や捏造は医学や生化学の分野で多い」(訳者あとがき)と言われている。
だから生命科学系で研究不正が多い原因は、
過剰な競争的環境だけではないだろう。
確かに大隅の言うように、
ポスドクの中で生命科学系の割合が圧倒的に多いし、
またその数が産業界での求人よりもはるかに多い。
この生命科学系の過剰なポスドクの問題は数年前に自分も指摘しているが、
https://katsuya-440.hatenablog.com/entry/57673991
https://katsuya-440.hatenablog.com/entry/56410306
そこから競争的すぎる環境が研究不正の誘因なのだ、
という議論を導く以外にも議論できることがあると思う。

産業界が求める人材の何倍ものポスドクが雇用されているということは、
それだけポスドクを雇おうとする需要があるからだとも言える。
これは言い換えれば、
生命科学系の研究は産業界での応用と結びついていないのに
大型プロジェクト等の国の予算で大量のポスドクが雇用されているということなのだ。
つまり生命科学系は産業応用と無縁のところで研究していることを示している。

ところで近代的な産業技術においては
特定の人物の技能に依存せずに効率良く生産できることが求められるから
再現性が極端に低い現象などは実用化の対象にならない。
だから画期的な効能を謳う技術であっても
再現性が低いような代物が高い評価を得ることは難しい。
それに実用化の観点が強く働く分野では
研究業績の評価はどの雑誌に論文発表をしたかではなく
実際に商品化され市場での成功に結び付いたかどうかが評価される。
そこでは出した論文誌の格とかそういうことはあまり重要視されない。
例えば赤崎勇の青色発光ダイオードの最初の報告は国内誌だ。
Japanese Journal of Applied Physics 28: L2112-L2114.)
ところが応用との結びつきが希薄な研究ということであれば
研究の評価はそれよりも遥かに上流側で終わってしまう。
実用化の段階での評価など受けないのだから、
極端なことを言えば、
論文が雑誌に載ればそこで研究の評価が事実上終わってしまうので
再現性が低い現象の報告であってもOKということになる。
そうなってくると実験の再現性などは気にせず
バレない限りデータを加工して見栄え良くするとか
場合によっては架空のデータを混ぜてでも
インパクトファクターの高い「良い雑誌」に
論文を載せさえすれば業績として高く評価され
研究者としての椅子取りゲームに勝てるということになる。
生命科学系では研究不正が野放しに成りがちなのは
こういったジャンルの特性もあるのだと思う。
しかも数少ないバイオ応用産業の一つである製薬業界も
バルサルタン(商品名:ディオバン)の臨床データ不正のように
インチキが横行する業界とあっては
真面目に真実を追求するよりも
椅子取りゲームの勝ち負けを優先する人が多くても
何の不思議もないという気がする。