地獄のハイウェイ

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論争しない科学者って

STAP事件絡みのネットの記事を見ていてふと思ったのだが、
同業者が研究不正を追及しないことに関して
「科学者は他人の研究報告を批判しても業績にならないのでしない」式の言説を
見掛けることが割とある。
しかしこれは素直に受け取って良いのだろうか?
科学においては新学説が現れた際には論争は珍しくないという
科学史的あるいは科学社会学的な事実を踏まえると
ちょっと懐疑的に考えた方が良いのではないだろうか。

実際、科学においても論争的な状況になると
片方の学説の支持者が対立学説を支持する論文の不備について
ネガティブな評価を得々として公言することも別に珍しくないし、
それどころか「再現性が見られない」という報告が論文になることもある。
データの分析手法がおかしいとか、元データにバイアスがあるだとか
時には相手方の論文には「不正の疑いがある」とか
そういう議論がセミナーだとか論文誌上で行われることも普通だろう。
放射線被曝による健康被害に関する論争だとか地球温暖化論争だとか
政治的な対立が背景にあるようなケースだと顕著だが、
そうでなくても社会生物学論争とかもっと小規模なら鳥類の起源論争だとか
いろんな論争で相手方の論証の杜撰さとか実験の不備とかを指摘するにとどまらず
相手方の研究者としての資質を疑問視するような発言すら
ごく普通に行われているようにも思われる。
そしてそういった「叩き合い」の戦場の中で、
捏造などの研究不正が明らかになるケースもあるだろう。
だからあまり非生産的なレベルにならない限り、
研究報告を批判することは異常でもないし
むしろ推奨しても科学のために良いことであるようにも思う。

それに論争を公にすることで世間一般の関心も集められて
立派なアウトリーチ活動の一環になりうるわけだし
PIクラスであれば論争を避ける理由はないだろう。
逆に言えば、
狭い業界でもめたくないだとか世間に論争を知られたくないだとか
そんな理由で論争を避けたがる、
あるいは非専門家から見えるような論争はしたがらない
そんな護送船団的な分野は
相互批判精神が根本的に欠けているのだろう。