地獄のハイウェイ

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A.ワイスマンの実験を振り返る

サイエンス・リテラシー云々で言えば、
実験のデザインの良し悪しを評価できることも重要だろう。
たとえ番組側に意図的な捏造がなくても、
TVの健康情報番組がアテにならないのは
そこで行われる実験の大部分が
デザインの悪いことから判断できるはずだ。

実験デザインの良し悪しということで言えば
パスツールの白鳥の首フラスコの実験など
科学史上の有名な実験には
デザインが素晴らしいものが多いが、
残念ながらデザインがあまり良くないものもある。
例えばA.ワイスマン(Weismann、ヴァイスマンとも)が行った
獲得形質の遺伝を否定するために行った実験は
はっきり言ってデザインが良いとは言えない。
ここで言及しているワイスマンの実験というのは、
マウスの尾を22世代に渡って繰り返し切断しても
子孫のマウスの尾は短くならなかったというもの。

獲得形質というのは、
生物個体が後天的に獲得した形質のことであるが、
その遺伝が主張される場合には、
とりわけ生物個体の環境への適応によって獲得する形質を指している。
ワイスマンが関与していた論争の渦中においては、
よく使われる器官は発達し、使われない器官は萎縮する、という
いわゆる用不用説を基盤に考えられていたと見なすべきだ。

ワイスマンの実験で尾がないという形質は
マウスが尾を使わないことで萎縮して獲得されたわけではない。
人為的に切断したことによって付与された形質であり
環境への適応によって獲得したものではない。
つまり獲得形質の遺伝を主張する側が
想定しているような形質ではない。
ワイスマンは獲得形質の遺伝を否定したい側なのだから
論敵の主張に沿った形質で実験するべきであった。
特に適応的な形質ということであれば
その形質を持っていることで
ある環境での生存率が向上するようなものが相応しい。

ではどのような実験ならば良いのだろう?
例えば、低容量の薬物へ接触していると
その薬物への耐性が誘導されることがあるが、
そのように誘導された毒物への耐性など良いのではないか。
蓄積性のない毒物で耐性が誘導されるようなものを与え
エチルアルコールなどが良いかもしれない)
有意に耐性がつく(致死量が増える)ような生育条件を見つける。
つまり毒物への適応としての耐性を獲得させるような条件である。
そして妊娠中や授乳中にはそれを与えないようにして
何世代も繰り返して耐性を付けさせる。
また対照群として、
その毒物を与えない以外は同等に飼育するものを用意する。
その上で、実施群と対照群と
年齢や実施条件を揃えて50%致死量を測る、
といったような実験にすれば良いのではないか。

致死量測定で生き残った実施群を繁殖させたりすると
それが強い淘汰圧になって
毒物体制の強い系統を選抜することになってしまうので
この場合、全数で致死量の測定を行うのなら
必ず繁殖後にするようにするのが良い。

獲得形質の遺伝を実証したい側であれば
とても遺伝するとは思えないような形質で
遺伝の実例が得られれば良いので
マウスの尾の切断みたいなものでも良いが
否定したい側のワイスマンには
より洗練された実験のデザインが要求されるのである。