地獄のハイウェイ

科学・技術や趣味のことなど自由気ままに書き散らしています。

バイオバブルの崩壊はそうだとしても

井上晃宏という人の「ポスドク問題とは、バイオバブル崩壊の結果である」
http://agora-web.jp/archives/1309215.html
http://blogos.com/article/10558/
という記事を読んだ。
この記事は去年の4月の記事のようだが
自分が2008年に書いた
「バイオは産業界での就職は極めて困難」
で書いたことと似たようなバイオ系の博士が過剰だという話には
とりたてて目新しさは感じなかったのだが、
論の進め方に関してちょっと問題が多いと思った。

まず、
「農学系をバイオ系として読み替えている。理学や工学にもバイオ系博士がいるが、数は少ないので無視する」

とあるが、自分がこの問題について調べた
「どんな分野にポスドクは多いのか」
で示したように、ポスドクの分野別の割合は、
平成17年(2005年)の統計でライフサイエンス系が40.7%であったのが、
(井上の記事中の円グラフではライフサイエンス38.1%なのでそれと大きな差はない)
平成18年(2006年)の統計では保健(医・薬)系15.1%、農学系10.4%となっている。
ライフサイエンス系=保健系+農学系+理工学系だから
ポスドク全体の約15%、ライフサイエンス系の中の8分の3が理工学系と推定される。
井上晃宏という人の思い込みとは違って
バイオ系ポスドクについては農学系ではなくて理工学系の方が多いようだ。

それから学位取得者数と産業規模の比較自体は良いとしても
農学系博士からポスドクになっている割合のデータがなければ、
学位取得者とポスドクの数は一致が示されないので、
そのままポスドク問題を論じられても話がちょっと違う。
上で指摘した「バイオ=農学系」という思い込みが
この問題をスキップしている原因だろう。
やや古いデータになるが「博士の生き方」のグラフを見ると
http://hakasenoikikata.com/posdoc_report07.html
農学系博士と理学系博士では大きな差はない。
理学系博士の場合には就職率の良い化学系を含んでいるので
それを除いた場合に農学系博士よりも就職が良いとは言えないだろう。

そして一番問題だと思ったのは、東京農大の就職データをリンクして
「バイオサイエンス学科の卒業後の職種は、多い順に、1.営業職 2.総合職 3.その他 4.教員 5.技術職と、ようやく5番目に技術職が登場し、その数は、全体のわずか8%だ。」

と書いていること。
該当する東京農大の応用生物科学部の就職データのページを見ると
http://www.nodai.ac.jp/employment/date/situation/02.html
醸造科学科では多い順に
「技術職30.0%、総合職24.3%、その他14.3%、営業職10.7%、事務職 7.9%」

と技術職が一番多い。
教育内容が仕事に役立つかどうかは
農学系の中でも分野依存性が高いのに
(因みに東京農大農学部畜産学科では技術職33.1%である)
都合の良いデータだけ言及しているのが明白だ。
そもそもこの就職データは学部のもので博士課程のデータでないという
根本的な問題を見逃すわけには行かない。

この井上という人は、ポスドク問題やバイオバブルについて語るよりも
農学系を悪く言うのが目的だったのではないかと疑いを感じる。
たとえ結論が概ね正しかろうと、こんな論証ではとうてい受容れられない。
少なくとも博士課程を出た人なら議論の杜撰さを見抜けないと困る。

※2012年7月8日言及先記事のリンク追加