地獄のハイウェイ

科学・技術や趣味のことなど自由気ままに書き散らしています。

大学院生は研究者を目指すのが自然

大隅典子の仙台通信」に
「任期付ポジションについて考える」http://nosumi.exblog.jp/15782092
という記事が出ていた。
その中にあった記述、

「日本では人口1万人当たりの研究者数は、2010年の時点で65.6人と、主要な国々の中でもっとも多い(平成23年度版科学技術要覧)。
例えば米国で46.8人、英国で39.4人、EU27カ国平均で30.6人といった具合である(労働人口1万人あたりの傾向も同様)。
英国での大学院生数は(2007年時点で)人口1万人あたりで25人、日本は(2010年時点で)27人とほとんど変わらないので、英国では「研究者以外の仕事」に就く博士号取得者が日本よりかなり多いことになる。」

というのを見て思ったのだが、
表示されているグラフも参考にすると
アメリカでは研究者46.8人に対して大学院生143人、
大学院生の3分の1程度しか研究者がいない。
にわかには信じがたく、
気になったので元のデータに当たってみた。

文部科学省「科学技術要覧 平成23年度版」の研究人材の部分に
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2011/07/12/1307510_2.pdf
人口1万人当たりの研究者数のグラフがあって(p.47)
日本の研究者数は専従換算で51.2人(2010年)
アメリカは46.8人(2007年)、英国39.4人(2009年)フランス35.7人(2008年)である。
文部科学省「教育指標の国際比較 平成23年版」
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2012/02/13/1302640_2_1.pdf
を見ると人口千人当たりの大学院生数が出ていて(p.24-25)
それから計算すると1万人当たりだと
日本(2010年)21.3人、アメリカ(2007年)47.4人、英国(2007年)40.9人、フランス(2008年)81.1人。

ここから大学院生一人当たりの研究者数を計算すると(ただし年度は揃えていない)、
日本が2.40人、アメリカ0.99人、英国0.96人、フランス0.44人となり
大学院生が研究者になれそうなのは圧倒的に日本だということになる。
これだけで議論するのはとても乱暴なのだが、
日本の大学院生は研究者になることしか考えないと非難されるけれど、
他国よりは研究者になれる見込みが倍以上も高いのだから
わざわざ別のキャリアを目指す気にならないのもそれなりに理解できる。
博士課程の質を維持するために人数を絞れという議論もあるが、
(そのような意見の紹介は例えば http://d.hatena.ne.jp/scicom/20091013/p1 にある)
修士過程も含んだ人口1万人当たり大学院生を見る限り
日本は英米の半分程度なのだから博士課程の削減に賛成するのは躊躇される。

一方「科学技術要覧」を見ていると面白い情報もある。
それは研究者の中に博士の占める割合で(p.52)、
日本の場合平成22年(2010年)に17.4%である。
(大学等11.4万人、公的機関等1.9万人、企業2.2万人)
研究者の所属は大学30.9万人、公的機関等4.1万人、企業49.0万人だから(p.50)
研究者に博士が占める割合は
大学36.9%、公的機関等46.3%、企業4.5%となる。
企業において博士が研究者の中に占める割合が極端に低いことが明らかである。
これには企業研究者として博士の学位を取らなくても
十分にやっていけるということもあるのだとは思うが、
「社会は博士を持った高い専門性を備えた人材を活用すべき」だとか論じる前に
企業の研究者の中で学位を持った人材の比率が高まるようなことを
博士号を出す側が怠ってきたことに何の疑問も感じないのだろうか。

もちろん分野によっては企業の研究者が少なくて元々博士が余りそうだったり

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その分野の博士が他分野の研究者として転進できなそうだったり

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そういった問題があるので大学関係者を十把一絡げで非難するつもりはない。
だが社会の側にポスドク問題の解決を希望するような発言が
産業がほとんど育っていない上に他分野の研究者になれそうにない
バイオ分野から出てくることが多いようなので、
そういう発言に引きずられた議論をしても空しいような気がする。